相続した不動産を最終的に売却して代金を分ける「換価分割」。このとき、被相続人の自宅や貸付用地に小規模宅地等の特例を使えるのか、誰がどの範囲で使えるのか、いつ売れば適用が維持できるのか――形式的には使えそうでも判断に迷いやすい論点を、一問一答で整理しました。条文に沿った一般的な考え方の解説です。
遺産に不動産があり、相続人が複数いる場合、よく使われる分け方が二つあります。混同すると小規模宅地等の特例の使い方を誤りやすいため、まず整理します。
本テーマでは、換価分割で不動産を売却する前提を置きつつ、小規模宅地等の特例(被相続人の居住・事業用の宅地について評価額を一定面積まで大きく減額する制度)をどう使えるかを考えます。
換価分割であること自体は、特例の適用を直ちに妨げるものではないと考えられます。小規模宅地等の特例の趣旨は、被相続人の居住や事業の基盤であった宅地について、相続人がその居住・事業を継続することを保護する点にあります。取得者に課される「申告期限までの保有継続・居住継続・事業継続」という要件は、この継続保護の趣旨を担保するためのものです(租税特別措置法69条の4第3項各号)。
したがって決め手は「申告期限まで現に保有・居住・事業を継続したという客観的な事実があるか」です。売却を申告期限の経過後に行う設計であれば、申告期限の時点では現に居住・事業が継続しているため、立法趣旨に反するとは言いにくく、適用が認められる可能性が高いと考えられます。「将来売る合意がある」ことそのものは、条文上の要件(申告期限までの継続という事実)を否定する直接の根拠にはならないと考えられます。
ここが最も重要な分岐点で、遺産分割協議書の文言によって結論が変わります。大きく二つの類型があります。
(A) 真正な単独取得型 協議書に「自宅は同居の相続人が単独で取得し、その相続人が売主として売却して代金の一部を他の相続人に分配する(換価分割)」と明記する場合。この場合、自宅の取得者はその同居相続人のみです。同居親族として居住継続・保有継続の要件を満たせば、自宅全体(持分100%)に特定居住用宅地等(330㎡まで80%減額)を適用できる余地があります。他の相続人が受け取る代金分配は、換価分割の性質上の分配であって贈与ではありません。
(B) 便宜的単独登記型(実質共有取得) 協議書に「便宜上、登記名義は一人にするが、実体は各相続人が代金取得割合に応じて取得する」と記載する場合。実体は共有取得となり、同居していない相続人の取得持分には特定居住用宅地等は適用できません。同居相続人の取得持分についてのみ要件を満たせば適用可、という整理になります。
取得者が申告期限まで貸付事業を継続し、その宅地を保有していることが要件です(租税特別措置法69条の4第3項四)。換価分割で共有取得となる場合、貸付事業を実際に承継・継続する相続人の持分についてのみ要件を満たし、事業を承継しない相続人の持分は対象外となる可能性があります(200㎡まで50%減額)。
さらに注意したいのが構築物の要件です。駐車場の敷地が貸付事業用宅地等に当たるには、その土地の上にアスファルト舗装・コンクリート・砂利敷きなどの構築物が存在することが必要とされ、更地に区画線を引いただけのいわゆる青空駐車場は対象外とされる可能性が高い点に留意が必要です(租税特別措置法施行令40条の2、租税特別措置法関係通達69の4-4=構築物の敷地要件、同69の4-24の2=貸付事業の範囲)。現地の整備状況の確認が欠かせません。
保有継続要件は「相続開始時から相続税の申告期限まで」引き続き保有することを求めるものです(租税特別措置法69条の4第3項各号)。要件が及ぶのは申告期限までの期間であり、申告期限を経過した後の処分は要件の充足に影響しません。したがって、申告期限の後に売却する設計であれば、申告期限の時点で現に保有・居住・事業を継続している限り、各継続要件は満たされると考えられます。
逆に、申告期限の前に売却(引渡し)してしまうと、保有継続・居住継続・事業継続の要件を満たさなくなり、適用できなくなる可能性が高くなります。
便宜上一人の名義で相続登記をしても、それが単に換価のための便宜であり、代金が遺産分割協議の内容どおりに分配される場合には、贈与税は課されないとされています(国税庁質疑応答事例「遺産の換価分割のための相続登記と贈与税」)。これは、換価分割では「各相続人が換価代金を取得割合に応じて取得した」と実質的に評価されることを意味します。
したがって、前問の(B)便宜的単独登記型であれば、各人の課税価格は換価代金の取得割合で按分して計上するのが整合的です。一方、(A)真正単独取得型で自宅を一人が単独取得する設計とした場合は、自宅の課税価格はその取得者に100%帰属する整理となります。つまり財産計上の按分は、どちらの分割設計を採るかと連動します。いずれの場合も、協議書に「換価分割であること・分配割合」を明記しておくことが、贈与税の課税リスク回避と課税価格按分の根拠として重要です。
二次相続の時点で第三者への売買契約を締結しているかどうかで、考え方が分かれます。
まだ売買契約を締結していない(売却予定のみ)場合 相続財産は依然として不動産(共有持分)であり、財産評価基本通達による評価額で計上するのが原則と考えられます。換価分割の合意は「将来換価する」という分割方法の取り決めにすぎず、その時点で不動産が金銭債権に転化したとはいえないためです。この段階では、換価代金相当額の債権として計上する考え方は基礎を欠くと考えられます。
既に売買契約を締結済み・引渡し前の場合 この局面に限っては、相続財産を売買残代金請求権(金銭債権)として評価する考え方があり得ます(国税庁質疑応答事例「相続開始時点で売買契約中であった不動産に係る相続税の課税」、最高裁昭和61年12月5日判決の系譜)。ただしこれは「被相続人が売主として契約済み」の局面の取扱いであり、契約未締結の段階には射程が及びません。